=全体の感想=
郁紀は3か月前のとある事故から世界から取り残されてしまった。それは家族を亡くし、天涯孤独になったという意味だけではなく、サークルが一緒で毎年のようにスキーに行っていた耕司についても、その恋人の青海についても、友達以上の関係であった瑶についても。世界中が化け物のように変わってしまった。そんな世界で、ただ沙耶だけが同じように同じ人間なのであった。
ルートは132の順番でプレイ。ルートの順番はないという前評判でしたが、本能的にかぎ分けたこの順番が正解だったと思います。
短い。しかしながらそれは物語の中に無駄なところが一切ないからで、短編小説を一気読みするかのような爽快感がありました。
醜い世界に、どこまでも純粋な愛。
大元のトリックとしてはありがちとまでは言えないけど、火の鳥以来(以来かは不明)使い古されたものでしょうが、それは当然と物語序盤で種明かし。その後も大どんでん返しが来ることはなく、終始二人の純粋な愛について描かれます。いやもしかすると作者は愛という皮をかぶせて、エログロを描きたかっただけかもしれませんが、個人的にはそう思います。
売れなかっただろうなあと思いつつ、よくぞこんな美しい作品を出してくれたなあと根強くニトロプラスのユーザーになっていようと決心させてくれる作品となりました。
=共通(分岐1まで)=
医者の卵だからこそ、原因に察しがついてるっていうのもつらいところだよなあ。事故による手術の後遺症でこういう風に世界が見えてしまっているのなら、反対に沙耶はなにものなんだという疑問しかない。だって一緒に暮らしてるのに、ご飯を食べてるところも見たことないんだよ?ただ、家の壁を見られるようにペンキで塗りたくってくれていたり、実態はあるんだよな…ペンキで塗ったら見やすくなるって、そのペンキはいったい何なんだ。郁紀の世界が元に戻ったあとで、沙耶はどうなるんだろう。。。
そんな不安が、沙耶と郁紀との出会いでますます大きくなる。私を見て驚かないんて、夜は私のものだから、という言葉。考えすぎならいいけど…ただどんな未来が来たとしても、沙耶がいたからこそ郁紀は生きることに希望が持てたという事実は変わらないだろう。
視覚が遅れて回復したからこそ世界を受け入れられるようになったであったり、細かいところもすごい丁寧な気がする。
そして予想以上に早く明かされる事実。壁のペンキも、沙耶も、沙耶の食事も、全部全部、郁紀が見ていた世界そのもののもの。知らぬうちに、おいしいおいしいと友人であった青海を食べる郁紀は狂気そのもの。人間の思考を司り、人を人足らしめるのは脳というけれど、その点で郁紀はもう脳が化け物になってしまったんだね。郁紀の皮を被った何か、っていう耕司の表現はとても的を射ている。
自分が異常とわかっているから、本当の異常に気づけないっていう矛盾もすごく好み。
沙耶は脳に取り入ることで感染者を増やせるのか。自分に優しくしてくれる人が増えるなら、そんな考えは丸っきり幼い子供の澄んだ世界を思わせてくれる。
ただ沙耶を守るためとはいえ、怪物を、人間を殺してしまったんだね…
郁紀は沙耶を好きになったのは後遺症のせいではなく、これまでの日々の積み重ねというけれど、それはどこまで確固たるものなのだろうか。
=END1元に戻った世界=
世界は元に戻ったがもう沙耶はいない。犯してしまった多くの殺人のためこれからは精神病院という白く、美しい閉ざされた世界で生きていく。
ある日来た沙耶は声も聞かせてくれない。その原因も薄々は察していた。声を聞かれたくない、見られたくないというのは女の子らしい気持ちなんだろう。だからやり取りしていた携帯電話のメモ帳で、あの日伝えられなかった、あいしてる、その5文字を伝える。
元に戻るため、父を探す沙耶の旅は続く。
醜い世界に、美しい愛、そして美しい別れ。たぶんBAD扱いなんだろうけど、好き。唄がなんなのか現段階ではわからないけど、期待。
=共通2(分岐2まで)=
沙耶と共に、狂った世界と狂った自分を受け入れる。
郁紀のためなら友達を増やそうと思う沙耶。だんだんと物語が佳境に入ってきた感じがするなあ。FANZAで商品ページを見た時は沙耶以外のシーンもあるんだと首を傾げたけど、そういうことだったんだ。
耕司から見て、郁紀が変わってしまったように見えたのは、世界を受け入れたことによって異常なのは自分だっていう考えから、異常なのは自分と沙耶以外なのだって考えになったのからなのかもなあ。そこまではいかなくても、近いものはあると思う。
観念しろ、その代わり死ぬまで愛してあげる、か。ある意味で、というかある人にはその方が普通に生きるより幸せなのかもしれないなあと思ったり。
瑶については脳だけじゃなくて、郁紀がちゃんと人のように見えるために見た目まで弄られたのか…ただ郁紀を喜ばせようという純粋な気持ちだけがそこにある。例え裸の瑶に欲情したとしても、それが郁紀の幸せなら、心が沙耶にあるのならそれで構わない。死ぬという最後の権利すら奪われた家畜以下の存在である瑶。歪み切っているけれど、その愛は尊いものだと思う。こういう歪んだ愛は大好き♡
酷いことをされて、それでもなお濡れている瑶をみて、人間としての尊厳を失ったことを知り漸くかわいいと思える。郁紀がもうすでに人間ではないなにかであることが克明に伝わってくる。
沙耶の正体はそれなりに言及されるが、まあなんでもいい。言及さえしといてくれれば、我々の想像をはるかに凌駕したものだとわかりさえすれば、モヤモヤを亡くしさえしてくれればそれで十分。
=END2恋=
瑶は殺されてしまったものの、耕司を二人の力でこの世から葬り去った。しかし同時に沙耶に徴が来てしまう。それは郁紀と沙耶の愛の結晶であり、命を懸けた郁紀へのプレゼント。世界を塗り替える命を懸けた沙耶の唄であった。
沙耶の書き換えのことを奥涯は繁殖と称している。一方で成長の過程で人類の知性を吸収した結果、その繁殖という本能を失ったのだとも。結局沙弥は恋をしなかったため、郁紀と出会うまでは子を増やそうとしなかった。
恋は代替可能性の観点から本能的であるというのが持論でありますが、その持論が少々揺らいでしまうようなことの顛末でした。ただ、沙耶は恋をしたと同時に、その階段を何段も何段も飛び越えて、愛するという感情も得ていました。物語冒頭から最後の最後まで、どのルートでも一貫して描かれていた純粋な愛。その点で沙耶は「人間的」であったのではなく、誰よりも「人間」であったわけです。
=END3死してなお=
沙耶への対策を携えた元主治医涼子と耕司。涼子は刺し違えた形となったが沙弥を葬り、そしてそれを見た郁紀は自死を選ぶ。死に瀕してもなお、耕司に殴られ続けてもなお沙耶はもう息をしない郁紀のもとへと進む。そして最後に血に濡れた頬を撫でて、動かなくなった。ただひとり、耕司だけが残される。悪夢と幻覚の日々を過ごす。
沙耶の天敵は液体窒素かー。凍らせて破壊すれば再生するまでもなく粉々になってしまう。小型デュワーで持ち運んだんだろうけど、結構少量で効くなあ。
郁紀が死んでもなお、自分が死にかけてもなお紡がれる郁紀への愛。